その駅の名は伏せておくが、仮に”O垣”としておこう。
昼下がりにO垣駅に着いた我々は空腹と待ち時間30分という状況から「何か食べよう」ということになった。
あたりを見渡し別のホームに一軒の立ち食いうどん屋を発見した我々は、荷物番を一人残しそこへ向かった。
店に入った我々を迎えたのは いかにも元車掌で動労の組合員で 人員削減のためこのうどん屋で働いてます という感じのおっさん一人であった。
「きつねうどんください。」「天ぷらソバちょうだい。」「俺 わかめうどん。」
我々の注文をなぜか緊張した面持ちで聞いていたおっさんは 「キツネウドン テンプラソバ ワカメウドン」と ぶつぶつつぶやきながら厨房の中をうろうろしだした。
おっさんはたぶん一生懸命に働いているのだろう。
しかしその仕事の遅さ、要領の悪さ、だんどりの無さは始めて見た我々にもすぐに解った。
空腹で少々苛立ってきていた我々は「何や っとんじゃー!」「うどんのびるやろ〜!」「三ついっぺんに作れー!」
と思いつつもそこは我慢してひたすらじっと出来上がるのを待ったのであった。
約五分後 (立ち食いで五分間の長いこと!) 奇跡的にも我々は注文どうりのものを受け取り、口に運んだ。
その瞬間走る衝撃!! お互いの顔を見合わせた我々はその後 急に無口になって 食べ終わるまで一言も口をきかなかった。
食べ終えて店を出るやいなや一斉に 「なんや今のはー!ダシがきいて無い!」
我々が食べている間 おっさんは自分が作ったうどんを食べながらしきりに首をかしげていた。
もしかしたらおっさんは うどんの汁というもの醤油や砂糖 酒 あるいは味醂などを使ういうことは何となく分かったのだがダシを取るという事を知らなかったのではないか。
そう いえば知り合いの女の子が 自分で作るみそ汁が美味しくない、お母さんの作ったのと味が 違う と言っていたら、実はダシをとっていなかったという事があった。
そうと違うとしても 考えてみれば今まで車掌をやっていた人間(あくまでも憶測)が急にうどん屋なんか出来るはずが無い。 しかもそれで堂々と営業しているのもどうかと思うけど。
だいたい誇りもって仕事やってるか。やっぱりうどんが好きで うどん屋をやらんといかんのと違うか。もっとちゃんとやってくれ。
などと思っていたが もしかしたら全然別の理由であのうどんを出していたのかもしれない。
O垣のうどん屋のおっさんは新しいうどん、つまりダシのきいた今までのうどんとは全く違う うどんを作ろうとしているのではないだろうか。
だから客の前である事も気にせず、自分の作った うどんを食べて首をかしげていたのだろうし、あれは単に研究熱心なだけという事ではないか。
そう考えれば納得も出来る。
あと数年もすれば O垣のホームから産まれたこのうどんは全国を席捲し、O垣は讃岐に次ぐうどんの名所になっているかもしれないのだ。
つづく